I Wanna Cry
【 2.電話 】
その電話をとってはいけない。 彼女からの呼び出しに違いないからだ。 ―― 会って。 たった一言告げる。すがるように。 応えずにいる俺に、もう一度、「会って、お願い」と震えた声で告げる。 ―― 俺を捨てたのに……? すぐそこまで出掛かっている言葉を未だ言えずにいる。 罵り、恨みの言葉を告げて、彼女をめちゃくちゃに傷つけてやりたいのに、いざ、か細い彼女を声を聞くとできなくなる。 あんなに愛しあっていたのにな。 そう思っていたのは俺だけかもしれない。 いつ頃だろうか。彼女が笑わなくなったのは。 空を見上げ考え事をするのが多くなったのは。 愛していると耳元で囁くと、彼女はうれしそうに笑った。 意味も無く不機嫌な彼女に魔法を使い、たちまち喜ばせることができた。 今でも鮮やかに思い出すことができる。二人で過ごした日々を。 あの頃を思い出して、幸福感に満たされ微笑む自分に嫌気がさす。 ―― 女は現実的な生き物なの。夢だけで生きていけない。 大粒の涙を零しながらそういった。 ―― 愛だけでは生きていけない。 突然の別れの言葉だった。走り去っていく彼女の背中を呆然と見詰めていた。 追いかけて、理由を聞く力も無かった。 余りにも突然すぎて、何もできなかった。 別れた実感が無いまま、数ヶ月がすぎた頃、彼女が結婚したと知り合いから聞いた。相手は同じ会社に勤める男らしい。 ―― 女は現実的な生き物なの。夢だけで生きていけない。 彼女の言葉が蘇った。 彼女は現実を選んだのだ。 安定した生活を。 愛よりも。 あの男を選んだ彼女は今激しく後悔している。 彼と結婚するんじゃなかったと。 別れを告げたときに見せた綺麗な涙をこぼして、俺に言う。 今さら、もう遅すぎる。俺にどうしろと言うんだ? 卑怯な涙を流して、俺を縛りつけようとする。 俺が泣いているお前を放っておけないのを知っていて、泣いているんだろう? 壊れそうなくらい細い体を腕に抱きよせ、互いによく知った体に触れる。 昂ぶってきた感情に身を任せて、愛していると心にも無い言葉を吐息まじりに告げる。 マヌケだな。俺は。 苦笑しながら、電話をとった。 未だ俺はあいつから離れられない。 |