I Wanna Cry


【 3.喫茶店 】

 制服のまま、街をうろついていたら補導される。
 でも、大丈夫。言い訳の一つや二つ言えるから。
 私は嘘をつくのが上手なんだもの。誰にも怪しまれない。

 平日の昼間だというのに、街には大勢の人であふれかえっていた。
 ほとんどはおばさん。子連れのお母さんより、子どもが大きくなり手が離れたお母さん達が多い。
 オホホホとおばさん独特の笑い声とオーバーなリアクション。
 私もいつかあんな風になってしまうのかな。
 そう思うと、嫌になってくる。
 なりたくないと思ってもなってしまうのかもしれない。
 だって、あの人たちだって、数十年前は今の私と同じような女の子だったはず。
 友達とおしゃべりして、好きな男の子の話をしていたのだろう。
 あの濃い化粧とぽってりとした体つきからは少女時代を想像できないけど……。

 人ごみの中歩いていると疲れてきた。目がぐるぐるまわる。足がふらふらする。
 このままだときっと倒れる。本当に、気分が悪くなる。
 仮病が本当になってしまう。
 私は目についた喫茶店に入り、休憩することにした。
 オープンカフェのある木目調の優しい感じのする喫茶店。
 私はドアを開けた。

 店内にはヒーリング系の音楽が流れていた。昼食の時間もすぎ、お茶をするには少し早すぎるのか、客はまばらだった。
 私は空いている奥の席に行った。壁際の席は落ち着く。
 壁にもたれるとすごくホッとする。特に木の色、そして、植物の匂いがほんのりと漂っており、リラックスできる。

「いらっしゃいませ」

 ウエイターは水の入ったコップをテーブルに置いた。
 メニューを私に手渡した時、彼の手が目に入った。荒れた手をしていた。
 水仕事をすると、手が荒れるからと言ってお母さんは必ずゴム手袋をつける。私がゴム手袋をつけずに洗おうとすると、つけなさい! と注意する。
 この人は手袋をつけずに洗いものしているのかしら?
 男の人だから、気にしないのかも……。
 そんなことを考えながら、メニューを見た。

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さいませ」

 彼は頭を下げた。そして、ゆっくりと顔を上げた。

 私は店員さんの顔なんて見ない。この前、服を選んでいる時、店員さんと目が合ってしまい大変なことになった。色々勧められて、何か一つ買わなきゃいけない状況になってしまったから、それ以来見ないようにしている。

 でも……。何となく見てしまった。
 荒れた手の男性を見たのが初めてで興味を持ったのかもしれない。

 黒いズボンに白いエプロン。白いYシャツに黒のベスト。左胸には「Tetsuya」と書かれた名札。
 そして――。

 私と目が合うと、笑った。
 大人の男の人の笑顔に私の胸が反応した。

 何かが動き出した。
 今まで感じたことの無い何かが。

 色も音も何も無い。
 希望も無ければ、絶望も無い。
 何にも無い世界に色がつき、音楽が鳴り始めた。


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