I Wanna Cry
【 5.ウエイター 】
「ご注文お決まりですか」 彼がやって来た。ずっとメニューを見ていたのだもの。決まったと思うはず。 「……ア、アイスコーヒー……」 何度も心の中で練習していたのに、いざ言葉に出してみると情けないほど小さくて頼りない声だった。初めて一人で喫茶店に入って注文した子どもみたい。 「かしこまりました」 注文を聞いた彼は去っていった。私は彼の背中を見詰めていた。 途中、彼は女性客に呼び止められた。にこりと微笑みながら話している。 いったい、何を話しているんだろう。 仲のいい人なのかしら。 私は色々考える。 まさか、彼女ってことないよね。 なんだか私おかしい。 初めて会った人にこんな事考えてるなんて。 私は店内を見渡した。 女性客ばかりだった。 だめだ。 私は頭を振り、よからぬ想像をかき消そうと努力する。 店にいる女性客が皆、彼のこと好きなんじゃないかと思えてきた。 何を考えてるんだろう。私。 自分自身がまるでわからない。 変だ。私。 何でこんなことばかり考えるんだろう。 彼が私の注文したアイスコーヒーを運んでくる。 どうしよう。 気が動転してきた。 空いている隣りの椅子に置いていた鞄を開け、教科書やノートを出してはひっこめた。 じっと待っていることなんてできない。 何かしていないと、落ち着かなかった。 「お待たせしました。ごゆっくり」 彼は私の前にアイスコーヒーを置くと去っていった。 どんなにゆっくり飲んだって、限りあるものには終わりがある。 私はアイスコーヒーを飲み終えてしまった。 飲み終えた客が長時間居座っているのって、お店の人からしてみれば嫌だろうな。 出なくちゃいけないかしら……。 でも……。 私は彼をちらりと見た。 あんまり見ていると怪しまれそうなので、伸びた前髪の隙間から覗いた。 彼はお店の人と雑談しているようだ。 何、話しているんだろう? 私も加わりたい。 飲み終えた私に気付いたのか、彼は下げにやってきた。 これって、帰れってこと?? もう少し、いたい……。 飲み終えたコップを下げる彼に私はありったけの勇気を振り絞って言った。 「あ、あの……」 「何でしょう?」 朗らかに笑って彼は応える。 「ケーキ、注文していいですか?」 私が言うと、彼は笑った。笑うとすごく子どもっぽくなる。 「はじめからケーキセットにした方がよかったんじゃない?」 これが彼の素の顔なのだろう。先ほどまでの顔とは全く違っていた。 優しさの中に、少し意地悪げなものが光る素の彼の方がいい。 確かに、そう言われたらそうだ。 でも、初めはすぐに帰るつもりだったから、アイスコーヒーだけ注文した。 あなたに会うまでは。 「飲み物はアイスでいいのかな? それともホットにする? ホットにすると2杯目はサービスだよ」 2杯目はサービスと言うは、もう少し居てもいいってこと。 私の心は決まった。 「じゃ、ホットで。ケーキは……」 「お持ちします。しばらくお待ちください」 急にお店の人に戻って、私はがっかりした。 少しだけ、ほんの少しだけかもしれないけど、仲良くなれた気がしたのに……。 「この中から好きなものをお選びください」 彼は6つあるケーキを出した。 どれにしようか……。迷う……。 シュークリーム美味しそうだけど、頻繁に食べているし……。 喫茶店でいつも同じものを頼む私にお母さんは、一度は違うもの食べたらと言う。 そう言えば、雑誌の占いでは私は無難な道を選ぶ冒険心の無い者となっていたっけ。 一度くらいは、定番から脱した方がいいかも……。 でも、何を選んでいいのかわからない。 私はちらりと彼を見た。助けを求めるように。 何? と尋ねるような目をした。 「あの……どれが一番お勧めですか?」 「当店一番人気は、チョコレートケーキです。さほど甘くなく好評をいただいております」 「じゃ、一番美味しいんですね」 よし、決めた。これにしよう。彼が勧めてくれたんだから。 彼はくすくすと小さな笑い声を上げた。 「多分ね。俺、食べたこと無いから、はっきりとしたことはわからないけど」 また、会えた。 素の彼に。 うれしくて思わず声を上げそうになった。 「じゃ、それにします」 「かしこまりました」 ****************** このチョコレートケーキが人気なのはわかる。 彼が言ってた通り、甘くなくて、くせが無い。 後残り少しという時、彼がお店の人に挨拶をした。お疲れ〜とウエイターが言った。 帰っちゃうんだ。 私は、あわてて席を立った。 チョコレートケーキを残してしまったのは残念だけど。 「ケーキセットお一つ780円です」 レジ係のウエイターが告げた。 あれ? 確か私は、ケーキセットとアイスコーヒーを頼んだはずなのに。 「あの、私、ケーキセット注文する前にアイスコーヒー頼んだんですけど」 すると、彼はにこりと笑った。 「内緒なんだけどね、おまけしてやってくれって頼まれたんだ」 彼がそう言ってくれたのだろうか? それ以外考えられない。 「ありがとうございます」 御礼を言って私は外へ出た。本当に御礼を言うべき人は店を出ていたけど。 お店の人はどこから出てくるのだろう。私は店の周りをうろうろした。 裏口が開き、服を着替えた彼が出てきた。 胸がドキドキ鳴る。 今日の私、変だ。 いつもの私とは思えないことをしている。 「あの……」 私は声をかけた。彼は不思議そうに私を見た。 そうだよね。不思議だよね。お客の子が、初めてきた子がいきなり話し掛けてくるんだもの。不思議がって当然だ。 「アイスコーヒー。おまけしてくれたんですね。ありがとうございます」 まずは言うべきことを話す。 「ああ、いいよ。たいしたことじゃないし。……高校生だよね」 彼はちらりと私の制服を見た。 「え、はい」 「今日は短縮?」 「いえ……」 違いますと消入るような声で私は告げた。 「さぼり?」 「……はい」 怒られるかもしれない。 だって、授業さぼって、こんなところでぷらぷらしてるんだもの……。 急に罪悪感に襲われた。 「俺もよくさぼった」 懐かしそうに過去を振り返りながら話す彼の言葉が、頭上から降り注いできた。 「かたっくるしいよな。授業って。けど、あんまりさぼるんじゃないぞ。後で大変な目にあうから。経験者は語る、だ」 楽しそうに笑い声を上げた。 私も笑った。楽しくて仕方なかったから。 「いつもこの時間にいらしゃるんですか?」 思い切って聞いてみた。あなたの事が気になっているって言ってしまっているので恥ずかしかったけれども。 恥ずかしさに負けて、後悔するよりはましだ。 「今日はたまたま。欠勤した子のかわりなんだ。ここで働いているわけじゃない」 どういうことなんだろう? 私の疑問を感じとったのか、彼は話した。 「別の店で働いているんだ。オーナーは一緒だけどね」 「どちらのお店なんですか?」 「お酒の飲めない未成年は入れないところ」 ということは会えないんだ。もう……。 15歳。高校生っていうのが悔しい。 もう少し早く生まれたかった。そうしたらもっと同じ時間を過ごせたのに……。 悔しい。 悔しくてたまらない。 「今度の日曜の3時は入ってるかもな。日曜はいつも混んでいて、猫の手でも借りたいっていってたから。暇だったら来いって言われているしさ」 楽しそうに笑いながら彼は言った。 日曜日に会える。 二日後が長く感じた。
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