I Wanna Cry


【 6.15の自分 】

 あの調子じゃ、本当に日曜日来てそうだ。

 店へと向かう道の中、少女の嬉しそうな笑顔を思い出し笑った。

 日曜日、あの店に入る予定は無い。
 そうでも言わなければ、あの子は俺と会える日を聞き出すまでずっとあの場から離れなかっただろう。

 あの子は、思春期にありがちな、勘違いした恋でもしたのだろう。
 同じ年頃の異性は子どもっぽく見え、年上の大人にあこがれているのだろう。
 微妙な年頃の少女は扱いにくい。
 バイタリティーに溢れながらも、どこか繊細で壊れやすい。

 しかし、思い切った行動だよな。
 世間知らずな子どもだからできたのかもしれない。

 俺は全く知らないが、あの子はどこかで俺を見かけたのか?
 この前、俺が喫茶店を手伝って時に来ていたのか……?
 この前は……確か夏だったな……。
 あの日からずっと来続けていたのなら、たいしたもんだ。
 夏は嫌いでない俺でも、今年の夏は暑くて嫌になった。何もしていないのに、額から汗が噴出してきた。

 ―― ねぇ。

 彼女が俺を呼ぶ。

 ―― 窓なんか開けてもちっとも涼しくならないわ。クーラーつけてよ。

 ベッドの上に寝転んでいる彼女は夏の夜独特のけだるさにうんざりしていた。

 ―― リモコン、どこかいっちまったんだ。
 ―― 探したの?
 ―― あぁ。

 彼女は返答するかわりに溜息をついた。
 彼ろくに探しもせず、早々にあきらめる俺の性格を彼女はよく知っている。
 彼女は家主以上にどこに何があるか把握していた。
 探し物を見つけてくれた彼女に感心していると、半分ここに住んでいるのだから何となくわかるわと当然のごとく言い切った。

 幸せだった過去を思い出してばかりいる自分に嫌気がさす。
 昔のことを思い出して酔いしれるようになっちまったら終わりだと、誰かが言っていた。年をとった証拠だとも言っていたっけ。
 確かに年はとったけど、忘れてしまうほど長くは生きていない。

 眩しいばかりの笑顔を見せた名前も知らない女子高生。
 面倒くさくなって、思わず口から出た言葉を信じた少女。

 かつて愛した彼女より、つい先ほど別れたばかりの少女の方が、夢か幻のように感じるのは何故だろう。

 世間知らずだった少年時代を思い出したからだろうか?
 あの頃のように、無茶もできない、無邪気に笑えない。

 あの子とはもう会うことはない。
 日曜日、来なかった俺をあの子は恨むだろう。
 知らない人間から憎まれても嫌われても痛くもない。

 高校を卒業して10年経つか……。
 高校の頃は何をしていたのだろう。
 遠い過去で、はっきりとは覚えていない。
 ぼんやりとした記憶の中、忘れられないものがある。

 初めて女の子と付き合ったのは高校1年の秋だった。
 夏休みが終わってからしばらくたった頃だ。
 あの子の事は気になっていた。
 あの子もお前の事、気になっているみたいだぜと、部活仲間はそういって冷やかした。
 からかうのは止せよといいながらも、実際そうであっていて欲しいと願った。

 告白は、彼女からだった。
 俺が言いたかったんだけどなと言った後の彼女の表情を例えるなら、雨が止み、晴れ間がのぞいた瞬間。
 あるいは、蕾が花を咲かせた瞬間に似ていた。

 悪友に冷やかされながら逃げるように二人で帰った。
 手はいつもポケットの中につっこんでいた。
 この手を差し伸べ、彼女と手をつなぐにはかなりの時間がかかった。
 そっぽむいて、手を差し伸べた時、彼女は少し戸惑いながら俺の手を握った。
 たったそれだけの事で、うれしくてたまらなくて天にまで昇ってしまいそうだった。

 あの時の俺が、今の俺を見たらどういうのだろうか?
 睨み付け、どうしてこんなことになったんだと言うに違いない。

 無防備で、無敵だった俺が居抜くように見詰める。

 そんな目で俺を見るな。  


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