I Wanna Cry


【 26.新年 】

 人間体が弱っているとロクなことを考えない。
 実家に帰るべきではなかったと後悔した。

 万里子と最後に会ったのは12月20日。
 年が明けた今日まで連絡が途絶えている。

 連絡が無いと言うことは、旦那とよろしくやっているということなのだろう。
 正月旦那と実家へは帰りたくは無いと言っていたが、家族には心配はかけたい一心で仲のよい夫婦を演じていると、自然に夫婦仲が修復したのかもしれない。

 所詮、俺は旦那のいない時の相手。
 淋しさを紛らわす為だけの男。
 旦那が側にいて優しくしてくれるのなら、俺は不必要で邪魔な存在なのだ。

 俺からは連絡はしない。
 だがここまで長い間会わないでいると、仲の良い夫婦を壊したくなる。
 旦那が家に帰っていそうな時間帯を狙って電話をかけることなど容易い。
 電話をかけ、話をする体力があればしていたかもしれない。

 口にくわえていた電子体温計が完了を知らせた。
 熱っぽいぼやけた視界で見てみると、38度2分と3日前から一向にさがる気配が無い。医者に早く行けばいいのかもしれないが、医者に行く気力がない。
 病気で寝込んだ時、一人暮らしは辛い。
 普段は一人でいたいのに、こういう時だけは同居人がいて欲しいと思う。
 昨日から何も食べていないこともあり体力はなく、このままでは治るものも治らないだろう。

 くそ……。あのガキどもめ……。

 忌々しい姉の二人の子どもがにんまりと笑う顔が思い浮かんだ。

 俺が実家に着いた時、一足先に帰ってきていた姉の二人の子どもが風邪を引いて寝込んでいた。どうやらそれをもらったらしい。しかも、発病したのが帰ってきてからとは……。長い潜伏期間だったな……。

 2日、仕事を休んでいる。これ以上は休めない。
 今日こそは医者に行かなければならない。
 俺はベッドから起き上がると、賞味期限が切れた食パンをひとかじりし、服を着替えた。

 その時。
 メール着信音が鳴った。
 万里子かもしれないと期待した自分に苦笑した。
 つい先ほどまで怨み辛みの言葉を浴びせようとしていたというのに。
 万里子なら来てもらおうとメールを見てみると、送信者は万里子ではなく由佳ちゃんからだった。

 件名:お元気ですか?

 ―― 徹也さん。こんにちは。お元気ですか? 新年おめでとうございます。って、だいぶ遅くなってごめんなさい。

 元気じゃねぇよと思わずぼやいてしまった。
 由佳ちゃんからメールがきたのは久しぶりだった。
 クリスマスや年末年始のことを聞いてきたが、クリスマスは稼ぎ時で、年末まで働きづめ、年始は実家に帰ると、会う気なんてさらさら無いと感じとらせるメールを送って以来だ。

 ここまで冷たくあしらわれたら、諦めるだろうと思っていたんだが。
 変わった子だ。
 ロクに知らない男にまだ恋焦がれるとはな。
 いいかげん、目を覚ましてもらいたい。
 12も年上の男よりも、学校に行けば同い年の会話もはずむ男がいるだろうに。

 返信する気なんてなかった。
 だが、今の俺が万里子を待っているように、由佳ちゃんも俺を待っていると思うと邪険に扱えなかった。
 虚ろな状態でメールを打つのは困難だった。

 件名:最悪だ。

 ―― 新年おめでとうさん。久しぶり。元気にしてたか?

 相変らず胡散臭いメールだと苦笑しながら送信した。
 由佳ちゃんは俺からのメールを受け取り喜ぶのだろうか。
 心のこもっていないメールでも。
 他の女の事を考えている男からのメールでも嬉しいのだろうか?

 可哀想なことをしている。
 それはわかっている。
 だが、なぜ、切り捨てられないのだろう?

 こんなことを思ってしまうのは、高熱のせいかもしれない。


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