I Wanna Cry


【 3.店 】

 電話はでない。メールも見ない。
 留守電も聞かない。

 子どもじみたことをしていると苦笑する。
 俺はいったいいつになったら大人になれるのだろう。
 ガキの頃と変らない。ちっとも成長していない。

「今日はさっぱりだなぁ」

 司がぼやいた。

 店の中から外の様子はわからないが、天気予報通り、「夜からは激しい雨」なのだろう。
 雨の日、客は少ない。
 ずぶ濡れになった二人連れの客が店を出てから、ぱたりと客足が途絶えた。

「もう、閉めるか」
「だな」

 俺の意見に司はあっさりと同意した。
 いつもの閉店時間より1時間早いが、これだけ客がこないのだから閉めてもいいだろう。

「先、あがっていいぞ」
「ん〜、じゃ、これ終わったら帰る」

 司は拭いたグラスを棚にしまい終えると「お先に〜」と笑って帰っていった。
 店の鍵を閉めて帰ろうとした時、背後に人の気配を感じた。
 客が来たのだろうかと思った。
 営業用の作り顔と声で応えようと振り返り――止まった。

 薄いブルー色の傘をさした万里子がいた。
 ザーッと降り続ける雨音がやけに耳ざわりだった。

******************

「どうして、電話にでてくれないの?」

 攻め立てるようなきつい口調だったが、顔は今にも泣き出しそうだった。
 女って複雑な生き物だとつくづく思う。
 複数の感情を同時に表現できるのだから。

「出なきゃいけないのか?」
「何があったのよ」
「お前に言う必要なんて無い」

 俺に突き放されて、万里子は気づいたのだろう。
 別の男といるところを知られたと。
 説明しても言い訳にしか聞こえないと思った彼女は言うのを止めた。

 傘をさし、無言のまま万里子の横を通り過ぎる。
 振り返ってはいけない。
 もう、終わりにしたいのなら。

 降り続く雨の中、泣いている万里子の姿が浮かんでくる。
 涙など見せない勝気な万里子が泣いている。

 振り返るなと何度も自分に言い聞かせながら歩く。

 夜。雨の中。
 万里子は立ち尽くしたまま、涙を流している。泣いている女を振り切って帰れたら。
 もし、できたら。

 限界だな……。

 我ながら情けないと思った。
 俺は足を止め、振り返った。

 一言。
 もう、終わりにしようと、一言言うことができたら。
 

 そっと万里子を抱き寄せた。
 胸の中で、万里子は咽び泣く。

 とことん、マヌケだな。俺って……。

 俺の中途半端な同情が万里子をこんな女にしたんだ。

 偽りの優しさが。
 決断力の無い俺が。 


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