I Wanna Cry


【 5.動くもの 】

 ―― 好きになるのに、理由は必要なのですか?

 少女の疑問に肯定できなかった。
 恋した相手によっては、恋することをやめなければならない場合がある。
 自分の心を優先して、相手を思いやれない恋ならしないほうがいい。
 
 報われない恋をしているとわかっていながらも、心のどこかでは期待していた。
 
 いつか、必ず振り向いてくれると。
 かつて愛し合っていた日々をもう一度取り戻せると思っていた。
 
 もう、限界なんだ。
 いいように扱われるのは。
 万里子への好きな気持ちは変わらない。
 だが、もう嫌なんだ。一人で待ち続けるのは。

「……もう少し、時間をくれないか?」
「?」

 立ち去ろうとした彼女は不思議そうな表情を浮かべた。
 俺の言っていることがわからないらしい。
 わからなくて当然だ。

 俺自身、何をしようとしているのかわかっていない。
 とんでもない間違いを犯そうとしているのかもしれない。

 心が確かに動いた。
 
 今のままでは、いけないのはわかっている。
 わかっていながらもできなかったのは、未練があったからだ。
 終わらせねばならないものを終わらせる。
 そう決めたのは、目の前にいる少女の一言がきっかけだ。

 彼女に惹かれているのか?
 12も年下の少女に?
 まだ制服を着ている幼い少女に?
 心が大きく揺れ動いたのは、この子の一言なのだ。

 今までせき止めていたものが一気に押し流れていった。

「一歩踏み出す前に、整理しなきゃいけないことが多すぎる」

 10年間思い続けた万里子よりも、彼女の存在が大きくなった。
 あの一言で変わったのだ。
 
「どういうこと?」
 
 わからないと言いたげに、首をかしげた。
 そのしぐさがあまりにも可愛かったので、ついつい意地悪な心がむくむくと動いた。
 
「さぁ、どうだろうな」
「……意地悪だ」
 
 彼女はブスリと剥れた。
 言い当てられたのに、心の中では楽しんでいる俺がいる。

「意地悪なんだよ、俺は」
 
 俺が探し求めていた日の当たる暖かな場所は、この子なのかもしれない。
 そんな気がした。


―次へ―  ―前へ―


―TOP―


inserted by FC2 system