I Wanna Cry


【 7.決別 】

 万里子は細く長い脚を組んだ。
 人差し指と中指の間にはさんであるタバコの煙が真っ直ぐ天上に向かってのぼっている。
 ジャズライブが終わり、人もまばらになったスカイラウンジで、カクテルを飲みながら、どうやって話を切り出そうか考えていた。

「話って、何?」

 久しぶりに会った万里子は、今日は機嫌がいいのか、魅力的な微笑に胸が締め付けられた。

 再会したあの時。
 愛した頃の面影がなくなっていようが、二度と離したくないと思った。
 都合よく扱われようが、それでよかった。
 万里子がこの腕の中にいるのならば。

 そう思ったのは、本当だ。
 偽りは無い。

 だが……。

 それは、もう過去のこと。
 俺は、決別する。

 かつて、愛した人と。
 終わるんだ。
 今日。
 今、ここで。

「……もう、終わりにしよう」

 俺から別れと告げられようとは思ってもいなかった万里子の表情は固まった。
 万里子は何か言おうとしたが、言葉にならなかった。彼女は激しく動揺している。

「もう、いいだろう?」
「……何を言ってるの。徹也は言ったじゃない。私の好きにすればいいって」

 万里子は顔を歪ませて非難する。

「確かに言った。あの時はそう思った。だが、今は違う」
「……好きな人ができたの?」

 タバコを持つ手が微かに震えていた。
 動揺しているのだ。
 永遠に、側にいると思っていた男が別れを切り出したのだから。

 あの子のことが、好きなのかよくわからない。
 だが、変わらなきゃいけないと思ったきっかけは十六の少女の言葉で、今はあの子のことが気になって仕方ない。
 気になる ―― それが恋の始まりだと知っている。だが、まだ自分の中では認めたくない。
 俺自身、戸惑っている。相手は十二も年下の女の子だ。一度は恋焦がれられても困ると言った相手なんだ。

「あぁ」
「……そう」

 万里子は灰皿の上でタバコの火を消そうとしたが、うまく消せなかった。
 このまま、立ち去るべきなのだろう。
 プライドの高い万里子は激しく動揺している姿を見続けられるのに耐えられないはずだ。
 俺は椅子から立ち上がった。
 万里子の顔は見なかった。
 万里子は見て欲しくないと願っていると思ったから。

「さよなら」

 一度も振り返らず立ち去った。

 外は雨が降っていた。いつの間に降っていたのだろう。
 予報外れの街の中、雨に濡れながら家へと帰る。
 ポケットの中にある携帯電話を取り出し、なぜかわからないけど、あの子に電話したくなった。
 でも、きっとあの子は眠っている。
 
 どんな夢を見ているのか。誰の夢を見ているのだろうか。
 知りたいと思った。


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