I Wanna Cry


【 10.微笑んで。意地悪で。 】

 お気に入りの小花柄のワンピースを着て、髪の毛を丁寧にブラッシングしていたら、いつの間にか家を出なければいけない時間になった。
 私は慌てて飛び出した。駅まで大急ぎで走る。せっかく丁寧に整えた髪は乱れてしまった。

 電車に揺られながら、駅で待っている彼を思い浮かべる。
 どんな表情で私を迎えてくれるのだろうか。
 私が先に彼を見つけるのか。それとも、彼が私に気付いてくれるのだろうか。
 時間と空間を飛び越えて、一秒でも早く彼の元へと辿り着きたい。
 
 胸の高鳴りを抑えながら改札口を出る。
 休日の改札口には大勢の人が行き交い、彼を探し出すのは困難だった。
 辺りを見渡してみたが、待ち合わせの東出口に彼の姿はなかった。

 5分前だしね。

 私は彼を思いながら待った。
 ハンドバッグから大き目の鏡を取り出し、髪をチェックする。手ぐしで乱れた横髪を直した。
 鏡をいれ、かわりに携帯電話を取り出した。
 待ち合わせの時間になっていた。
 だけど、時間がきても彼は来ない。

 どうしたんだろう。
 だんだん不安になってきた。街の喧騒が私を追い詰めていく。

 時間を間違えた? 日にちを間違えた?

 私はメールを確かめた。

 間違っていない。
 日時も待ち合わせ場所もあっている。

 どうして来ないの?

 刻々と時間が過ぎていく。彼はやってこない。
 待ち合わせの時間からもう10分すぎた。

 もしかして、事故にあったとか? 急病になったとか?

 私は心配になって電話をかけた。
 何事もないように祈りながら。
 5回目のベルで彼は出た。

 はいと告げた言葉が少し聞きづらくて不安になった。

「あのね……」

 今日、会う約束してたよね? と聞く前に、彼はこたえた。

「来てるよ」

 クスクスと楽しげに笑う声が電話口から聞こえてきた。

「どこに?」
「すぐそこ」

 私が辺りを見渡すと、売店前に電話中の彼がいた。
 朗らかに笑いながら。
 彼は携帯を切るとポケットにしまった。

 グレーのコットンシャツにサリエルパンツを着こなした彼が一歩ずつ近づいてくる。
 あんなに騒々しかった駅前の雑音が聞こえない。
 彼しかもう見えない。
 口元に微笑を浮かべ、優しい目をして、彼は私だけを見詰める。

 目の前に立ち止まった彼は、遅れてきた説明をするわけでもなく悪怯れることもなく話しかけてきた。

「君が来る前からいたんだけど、表情がくるくる変わるのが面白くて見てた」

 遅れてきた人が、初めて発する言葉なのか。
 来ない彼を思い、不安になり心配していた自分がばかばかしく思えた。

「……ひどい。心配してたのに! 事故か病気になったのかと」

 非難したのに、彼はにこにこと楽しそうに微笑んでいた。何だか調子が狂う。

「私、怒っているんだけど」
「わかってる。あそこのアイスクリーム屋さん、おいしそうじゃないか?」

 私の返事も待たずに彼はスタスタとお店の前まで行った。

 食べたいなんて一言も言っていない。

 私の気持ちを考えず、彼はショーケースを覗き込んでいる。
 私はむっとしながらお店へと行った。

「何が好き?」

 アイスクリーム一つでご機嫌とろうとしているの?
 そんな子ども扱いしないで。

「チョコチップ、好き?」

 怒っている意思表示をするために、こたえなかった。
 けれども、彼には効果がなかった。

「キャラメルミルクも美味そうだな」
「……徹也さん、食べるの?」

 いいやと彼は首を横に振った。

「苦手なの知っているだろう」

 私は頷いた。
 知っている。
 あなたの会話から得たもの一つ一つ記憶にとどめている。

「……チョコミント」

 ぼそりとこたえた私に代わって注文してくれた。
 
 店員から受け取ったアイスクリームをはいと私に渡す。
 私がアイスクリームをかじると、おいしい? と尋ねてきた。
 うんと頷いた。
 ここのアイスクリームは何度も食べているけど、今日のは特別においしいと感じた。

 あなたがいるから?
 きっとそう。
 あなたがいるかいないかで、私の世界は変わるのだもの。

 ねぇ。惚れた弱みで、私が怒らないの知っているの?  
 全て、計算づく?
 だとしたら、すごく意地悪だ。

 意地悪って言ったら、また言うに決まっている。
 知っているだろうって。
 そうしたら、私は何も言えなくなる。

 そう。知っている。
 あなたのことはすぐに覚えられるし、絶対に忘れない。
 私があなたのことを覚えているように、あなたも私のこと覚えてくれてるの?
 聞いてみたいけど、聞けない。

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