I Wanna Cry


【 13.休み時間 】

 休日明けの月曜日は、冬の到来を感じさせる空模様だった。
 落ち葉が風に吹かれ、ひらひらと飛んでいった。
 3時間目の退屈な生物の授業が終わり、私は鞄から携帯電話を取り出し、メールを打ち始めた。
 昨夜から何度も考えたメール。
 私は心を落ち着かせてからゆっくりと入力した。

 ―― こんにちは。高名由佳です。昨日はありがとうございました。今週から寒くなるそうです。徹也さん風邪など引かないように気をつけてくださいね。来週の日曜日、楽しみにしています。

 入力し終えると、私は再度確認してから送信を押した。

 小さな携帯画面に送信中と表示された後、送信完了に変わった。
 無事にメールが徹也さんのところに届いたと思うと、胸がドキドキしてきた。

 徹也さん、見てくれるかな。
 返事くれるかな。

 私は想像して楽しんでいると、ねぇとクラスメイトの女の子に話し掛けられた。

「高名さん、誰にメール送ったの?」

 挨拶するだけの女の子が遠慮がちに聞いてきた。

 人が送ったメールなんて気になるのかしら……?

 私は不思議そうな表情をしていたのだろう。
 彼女は戸惑った表情をしていたから。

「あのね……その……、楽しそうにメールしていたから、もしかして、彼氏かなぁなんて、皆で噂してたの」

 同じグループの女の子―― 二人にねぇと同意を求めた。

「絶対彼氏だよって、言ってたの。そうなんでしょう? いいなぁ」

 席に座っているポニーティルの女の子がうらやましそうにしていた。

 そんなに私、嬉しそうにメールしていた?
 彼氏。
 その言葉が私の胸をきゅっとさせる。

 徹也さんが私の彼だったら。
 もしそうだったら――。
 週に何度か会って、デートする。
 徹也さんは私の知らない場所へ連れて行ってくれるだろう。
 夜、二人っきりで食事して……。
 目の前には徹也さんがいる。
 あの微笑みは私だけのものになる。

 色んな想像した後、現実に返った。

 私は徹也さんの事、何にも知らない。
 知っているのは、名前と携帯のメールアドレス。
 何となくだけど、どういう仕事をしているかは想像できた。
 それ以外は、知らない。
 私の想いはこんなに大きく膨らんでいるのに、私たちは友達と言えるほどの間柄でもなく、知り合いでもない。
 顔見知り程度。

 徹也さんは私のこと、追いかけてきた高校生としか思ってないんだろう。
 悲しいけれども、それは当然のことだ。
 こんなこと考えたくないけれども、追っかけてきた私のことを、友達に笑いながら話しているかもしれない。
 徹也さんはそんな人じゃないと思いたいけど。

 私は、何も知らない。
 私の知っている徹也さんは、喫茶店で初めて出会った数分間と、昨日の1時間。
 これが私の知っている徹也さんの全てだ。

「……違うよ。彼氏じゃない」

 徹也さんの表情、声を思い出しただけで涙が出てくる。

 わかっているんだ。
 私の片思いだって。
 徹也さんは大人で、私は高校生。
 私なんか相手にしてもらえないことくらいわかってる。
 わかっているくせに、どうして期待するんだろう。
 振り向いてくれたらいいのにって。
 私は願っている。 

******************

 休み時間になる度に携帯電話をチェックするけど、徹也さんからのメールはこない。
 気付いてない?
 不安が大きく膨らんでいき、マイナスなことばかり考え始める。
 一度考え出すと止まらなくなる。

 もしかして、返事するのも面倒くさくて、してないのかも。

 徹也さんはそんなことする人じゃないと思いながらも、確信できるものがない。

 もし、本当にそうだとしたら……。
 その先を想像して、涙が落ちた。

 私、最近ちょっと変だ。
 こんなことくらいで涙が出てしまう。
 私、徹也さんと出会ってから、弱虫、泣き虫になってしまった。

 会いたい。
 一目でいいから、会いたい。
 会えばきっと不安は一瞬にして消えてしまう。
 私は携帯電話につけてあるお守りをぎゅっと握り締め願った。

 私の不安を取り除いてください。

 携帯電話は14時15分と表示していた。
 授業は残り1時間だけれど、こんな気持ちのままじゃ授業なんて受けられない。

 帰ろう。
 また、先生に嫌な顔されるかもしれないけど、授業なんて聞いていられない。
 私は机の上の教科書、ノートを片付けて帰ろうとした時、携帯電話が鳴った。
 最小の音にしているのに、驚くほど大きな音だった。
 徹也さんからのメールだけは特別な曲にしている。
 それが鳴ったのだ。
 私は素早く受信メールをチェックする。
 メールの件名は「授業中?」となっていた。

 ―― メールありがとう。昨日は悪かった。日曜日は、由佳ちゃんの行きたいところに行こう。どこがいいか考えていてくれる? 時間はまだはっきりとは言えない。2、3日中に、もう一度連絡するよ。じゃ、勉強しろよ。

 私は何度も何度もメールを繰り返し読んだ。
 私を支配していた不安は、たった一つのメールで、一瞬の内に消散した。
 嬉しさの余り、涙が零れ落ちた。

 また泣いてしまうなんて、私本当に泣き虫だ。
 自分が嫌になる。けれど、それ以上に嬉しい。
 徹也さんからのメール。
 それだけで私はこんなに元気になれる。
 私は返信メールを打った。


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