I Wanna Cry


【 15.ベージュのコート 】

 ショーウインドウに飾ってあるベージュのコートに私は釘付けになっていた。

 日曜日、今年初の寒気が日本列島にやってくるらしい。
 外出する時は、一枚余分に着たほうがいいと親切な気象予報士は教えてくれた。
 クローゼットから2着のコートを出してみたけど、子どもっぽすぎて徹也さんとのデートに着れない。

 こんなに子ども子どもした服装だと徹也さん嫌だろうし。
 ただでさえ子どもなのに、余計に子どもっぽくする必要なんてない。

 授業が終わってからすぐに街へくりだし、日曜の服を探しに来た。
 駅から近い店屋を一店ずつ回り、気がつくと、次の駅近くまで来ていた。
 それでもまだ見付からなかった。
 これにしようかと妥協しそうになったけど、徹也さんとの記念すべき初デートなんだ。私が惚れこんだ服を着ていきたい。
 そうこうしているうちに、日は沈み、肌寒くなってきた。
 今日はここであきらめようかと思った時、私は巡りあった。

 色も形も私が思っていたものと同じだけど。
 値段を見たら、お小遣いではとても無理だった。
 でも、どうしてもこのコートが欲しい。
 明日もまだコートは売れ残っているかな。
 もし、無くなっていたら。
 私は店の中に入り、店員さんに頼み込んで、取り置きしてもらった。
 これであのコートは私のものになるはず。
 お金さえあれば。
 3万円。
 お母さんに言って、いいよって買ってくれたらいいのだけど。
 私は、どう話したらお母さんが買ってくれるかを考えながら家に帰った。

「ただいま」

 遅い帰宅の私にお母さんは「どこへ行っていたの?」と聞いてきた。

「買物。欲しいものがあるの」
「何を買うの?」
「コート」
「コートならあるじゃない」
「あるけど、あれは嫌なの。もう見つけてきたから買いたい」
「いくらするの?」
「……3万円」

 お母さんは思っても居ない高額にびっくりした。

 私、知っている。
 お母さん時々とんでもなく高価なもの買ってること。
 それに比べたら、私のコートなんて安いじゃない。

「もう少し安いのにしなさい」

 私は頷かなかった。

 お母さんは言った。
 自分で働くようになったら好きなものを買いなさい。
 それまでは贅沢するんじゃないって。
 お母さんが高価なものを買うのは、家の事している自分に対してのご褒美だって。
 お父さんも許してくれているっていってるけど。
 私にはうまいこと言い逃れているような気がしてならない。

「嫌だ。それが欲しいの。お母さんお金かして。後で必ず返すから。それでもダメって言うなら誕生日プレゼントにして。誕生日まで少し早いけど」

 私の誕生日は12月15日。
 約1ヶ月先にもらうなんて誕生日プレゼントじゃないかもしれないけれど、次の日曜日にはあのコートを着ていきたい。

「お願い。どうしても欲しいの」

 必死の頼みにお母さんはふうと大きな息ついた。

「……わかったわ。誕生日に買ってあげるから、待ってなさい」
「誕生日まで待てないの。今度の日曜日、そのコート着たいの。お願い明日買ってもいい?」

 お母さんは驚いた表情で私を見た。
 こんなに必死になっている私が信じられないみたい。

「どうしても、欲しいの。日曜日に着ていきたいの」

 私は大きな声を出して泣いた。
 まるで駄々こねている小さな子どもと同じだ。
 みっともないくらいわんわん泣いている。

「もぉ。わかったから、泣くのはやめなさい。由佳ちゃん、一つ聞いていい?」

 私は涙を拭きながら頷いた。

「由佳ちゃん、好きな人できたの? その人と一緒に日曜日出掛けるの?」

 いつもだったら、違うよ、そんなことあるわけないじゃないと否定していた。
 恥ずかしくて、照れくさくて。
 でも、どうしてだろう。
 今日は素直に頷いた。
 お母さんが私の我侭を聞いてくれたから、本当のことを答えなきゃいけないと思ったのかもしれない。
 それとも……。
 私は恋しているこの気持ちを、誰かにわかってもらいたかったのかもしれない。


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