I Wanna Cry


【 17.雨 】

「この近くに、自分でアクセサリーを作れる店があるんだ」

 大切なストラップを無くし落ち込んでいる私に徹也さんは教えてくれた。

「種類も豊富で、丁寧に教えてくれる。行ってみるか?」

 私は速攻頷いた。
 徹也さんが教えてくれたお店なのだ。何が何でも行きたい。
 案内してくれたお店には、数人の女の子が椅子に座り、店員の指導を受けながら熱心に作っていた。
 店内は余り広くは無いけれど、暖かみのある色を基調とし、心地よい音楽が控えめに流れている。
 小さなカゴをもらい、気に入ったパーツを選び、カゴの中へ入れた。
 あれもこれもと考え無しに次から次へと入れていると、気がつけばカゴの中一杯になっていた。その中から、作りたい物にあうものを厳選した。

「由佳ちゃん、本当に好きなんだね」

 後ろで私の様子を見ていた徹也さんが楽しそうに笑った。

「はい」

 好きなものでも、思わず否定してしまうものがある。
 だけど、手芸は素直に好きだといえる。

 席に座り作業をし始めようとすると、久しぶりと他の店員さんよりも少し年上の女性が徹也さんに話し掛けた。よぉと、親しげに徹也さんは応えた。

「改装、頼むよ」
「任せておいて。……あら、ずいぶん年の離れたお友達ね」

 私をちらりと見て、いらっしゃいませと店員らしい対応した。
 彼女からすると、私は客で、徹也さんはお友達。
 その対応は正しいのだろうけれど、私には見せ付けているように思えてならなかった。

「まぁね。店のヤツラには黙っていてくれないか」

 徹也さんの頼みごとにどうしようかしらと悩む振りをして困らせる態度には許せなかった。

「それなりの事をしてくれたら、考えるけど」
「……売上に協力する」
「了解」

 ご機嫌な笑顔で頷いた。

 ヤな人……。

 2人のやりとりを見て、何か知りたそうな表情を私はしていたのだろうか。徹也さんは小さく笑った。

「彼女には店の改装のアドバイスしてもらっているんだ」

 本当にそれだけなのだろうか?
 私は徹也さんの言葉を素直に受けとれず疑っている。

「喫茶店の?」
「イヤ、俺の本職」

 未成年の私は入れないところ。
 その後2人は会話を続ける。
 二人しかわからない共通の話題に当然私は加われなかった。

 私だけ仲間ハズレにされたみたい。
 胸がきゅうっと痛くなり、目の前が滲んでくる。
 私がこんな気持ちになっているのに、徹也さんは気付いてくれない。時折笑い声をあげて、楽しそうに会話している。
 やだ。もう帰りたい。
 目の前に並べてある気に入ったパーツ。どうでもよくなってきた。
 あんなに楽しく選んだのに。
 ごめんね。
 私をわくわくさせた小さなパーツたちに心の中で謝り、このまま置いて帰ろうとした時、再び目の前の物たちが輝き始めた。
 徹也さんのたった一言で。

「作るの決まった?」

 空いている隣りの席に腰掛け、私だけに話し掛けてきてくれた。
 ついさっきまでこのまま帰ってしまおうと思っていた気持ちは、一瞬のうちにどこかへ消えてなくなってしまっていた。

「……はい」

 徹也さんの体温を感じる。
 作業ができる大きなテーブルだけど、数人の女の子が作業をしているので、かなりぎゅうぎゅうになっている。隣りの人のとの間隔は狭く狭くなっている。少し動いただけで腕が当たってしまう。
 手元のものだけを見ているのに、視界には徹也さんの顔が入ってくる。徹也さんはじっと私の手先を見ている。
 見ている。見られている。
 そう思うと、顔がカーッと熱くなってきた。

「あ、あの……」
「ん?」
「恥ずかしいから余り見ないで下さい……」

 とは言ったものの、徹也さんがまたあの店員と話すのはイヤだった。

「わかったよ」

 席を立ちあの人と話に行くのだろうかと不安になったけれど、徹也さんは私が作り終えるまでずっと隣りの席に座っていてくれた。

 もしかすると、私が不機嫌になっていたのに気付いてたとか?

 私はちらりと徹也さんを横目で見た。
 徹也さんは店内の商品を物珍しげに眺めていた。あの店員さんに嫉妬しているのに気付いて、側にいてくれたような気がした。

******************

 思わず、私ってば凄いかも! と誉めてあげたくなる。
 自分が思っていた以上の物が出来上がった。
 ライトアメジスト色と透明をメインに、アクセントとしてアメジスト色、トップにハートをつけた。見ているだけで微笑んでしまう。

「あら、とてもかわいい物ができたわね」

 徹也さんの知り合いの店長(徹也さんが教えてくれた)が感心していた。

「もし、よかったら作品の一例として、店内に飾らせてもらってもいいかしら?」

 そう言ってもらえると嬉しいけど、これは失くしたお守りの代わりに作ったものだ。
 はっきり言ってしまってもいいのだろうか。上手な断り方がわからない。

「その物を展示するわけじゃないの。少しの間、お借りして、こちらで同じものを作ったものが完成次第お返しします」

 そうとは言われても、私は今すぐ使いたいのに。
 どう言えばいいんだろう。言葉が見付からない。
 私はちらりと徹也さんを見詰めた。
 私は助けてくださいととても困った顔をしていたのだろう。徹也さんはわかったと頷くと、店長に告げた。

「今すぐ使いたいんだ。どうしてもって言うんだったら」

 続きは私を見ていった。

「2つ目作れそう?」
「はい」
「だそうだ」
「じゃ、お願いしてよろしい?」
「はい」

 それだったらいい。
 手元に残るのだったら。
 私は早速2つ目に取り掛かった。

******************

 店を出ると、外は暗くなっていた。冷たい風が吹き抜け、思わず身を縮めた。
 時間がたったせいもあるけれど、空模様を見る限り、どうやら雨が降り出しそうだ。

「雨降るって言ってましたっけ?」
「悪いけど、天気予報は聞いていない」

 と、徹也さんが言い終わらないうちに、ザーッと雨が降り始めた。
 道行く人々は大急ぎで軒下へと逃れた。

「当分止みそうに無いな」

 徹也さんは空を見上げた。

「茶店に入って時間でも潰そうか」
「はい」

 私は濡れた服をハンカチで拭きながら応えた。

 止まなければいいのに。そうしたら、もっと一緒にいられる。

 突然の雨のせいで、喫茶店はどこも満員だった。
 ついてないなと徹也さんはぼやいたけど、私は一緒に並んで歩けるだけで嬉しくてたまらなかった。
 ずっと降っていて欲しい。多少濡れたって、平気。一緒にいられるのなら。
 道路を大きなトラックが勢いよく走った。
 水溜りの道を通り、私を思いっきり濡らし去っていった。
 私はずぶぬれになってしまった。
 買ったばかりのコートが。
 ひどい。あんまりだ。

「濡れたまんまじゃ、風邪ひく。俺ん家、すぐそこだからよかったら家で乾かすか」
「……いいんですか?」

 徹也さんの家に行けるなんて!
 舞い上がって飛んでいってしまいそうなくらい嬉しい。

「コーヒーもつけるよ」
「はい!」
「少し、走るよ」

 私たちは降り続く雨の中走り出した。
 突然のアクシデントに感謝した。

******************

 男の人の部屋にお邪魔するのは初めてだった。
 お父さんの部屋は入ったことあるけど、いつもお母さんが掃除しているのできれいに片付いてある。
 徹也さんは、おしゃれな人だからきっと部屋もドラマであるような部屋に違いないと期待しながら入った。

「散らかってるけど、気にしないでくれ」

 謙遜していっているのだろうと気にはしていなかったけど、本当に散らかっていてびっくりした。
 余分なものは何一つ置いていないワンルームのアパート。
 雑誌は床の上に散らばったまんまだし、テレビの上は埃が溜まっていた。

 ちょっと、幻滅。

 私の想像していた徹也さん像が少し崩れた。

 私はソファに座った。
 徹也さんは台所でコーヒーをいれている。

「食べるものは、たいしたものはないな。適当に作るよ」
「あ、はい」

 徹也さんの部屋を見渡している時に急に話し掛けられて驚いた。
 徹也さんはあっという間に、コーヒーとフレンチトーストを作ってくれた。
 初めてお店で会った時を思い出した。

「私、お客さんみたい」

 プライベート中にお仕事している徹也さんに出会って不思議な感じがした。

「お客さんだろう?」
「確かにそうだけど」

 そういう意味で言ったんじゃないのに。どう説明していいのか考えていると、徹也さんはわかっていると言うように微笑んだ。

「しょうがない。10年ほどこういう仕事していると、普段でも自然にこんな風になってしまう」
「職業病?」

 私が言うと徹也さんは面白おかしそうに大笑いした。

「ちょっと違うけど、……習慣だからな。一生このまんまなおらないだろうな」
「いつでも家ではカフェなんですね」
「雰囲気は最悪だけどな」

 確かに。
 あちらこちらに物が散らかっているし、よく見てみると、四隅には埃が一杯溜まっている。
 埃まみれの部屋は気になるけど、マイナスな所は見ないように努めた。

 私は徹也さんがいれてくれたコーヒーを一口飲んだ。
 コーヒーの味を楽しむにはミルクも砂糖もいれないのが一番だってお母さんは言っている。
 私にはまだブラックは苦くて飲めないから、少しだけ砂糖を入れる。
 徹也さんは、ミルクも砂糖も入れなかった。
 甘い物が苦手だって言っていたから、当然かもしれない。

「おいしい」

 と言うと徹也さんは嬉しそうに笑った。

「昔はこっちが本職だったんだ」
「喫茶店で働いていたんですか?」
「バーテンになるまではね。掛け持ちしていた……と言うよりは、暇だったから手伝いに行っていた」
「ずっとあそこのお店で働いていたのですか?」

 徹也さんの昔の事知りたくて聞いてみた。
 色々と聞きすぎて嫌がられるかもと不安になったけど、徹也さんは嫌な顔せずに話してくれた。

「学生時代、居酒屋でバイトしていた時、店で働かないかって誘われてそのままそこに就職したってわけ。オーナーが幾つか店を持っていて、転々と移ったけど。今のところが一番やりやすいな」
「私も徹也さんのお店に行きたいなぁ」
「20になったらね」

 カウンターに座って、徹也さんが私の為に作ってくれたカクテル飲む5年後の自分を想像してみた。
 5年先は遠く感じた。
 私たちは今みたいにこうして会ったりしているんだろうか?
 20歳の私と、32歳の徹也さん。
 まだ、徹也さんは独身だろうか? それとも。
 誰かと結婚している?
 誰と? 私の知らない人? 知っている人?

「部屋、気になる? 余りにも汚すぎて」

 考えていただけなのに、徹也さんには一点を見つめて黙り込んでいたように見えたようだ。しかも、視線の先がちょうど散らかった部屋だったので徹也さんは気にしたみたい。

「徹也さん片付けるの苦手なんですか?」

 掃除好きの片付け魔の私には散らかし放題の部屋は気になって気になって仕方ない。片付けたくなってうずうずなる。

「しなきゃいけないと思いつつ、そのまんま」

 暇な時にでもするよと徹也さんは言ったけど、しそうに無い感じがした。

「私、片付けましょうか?」

 失礼かと思いながらもつい言葉に出してしまった。
 だって、気になるんだもん。
 せっかくの部屋が埃まみれじゃ、もったいない。

「いいよ。今のところ支障ないし」

 徹也さんは全然気にしてないみたい。でも、このまま放置していたらもっと不衛生になる。

「片付けた方が快適になりますよ」
「そーだろうな」

 何を言っても、する気なさそう。
 徹也さんが、こんなにダルダルな人だなんて。
 再びガラガラと徹也さん像が崩れた。

「でも……お部屋生きてないです……」
「……そうだろうな」

 思わず口に出てしまった言葉に、徹也さんの顔色が変わった。
 思いつめたような険しい表情。故意に私を見ないようにする。
 言ってはいけないことを私は言ってしまった。
 私は、徹也さんを傷つけた。何気ない一言で。

 どうしよう。
 どうしていいのかわからない。
 もう少し私が大人だったら、もっと言葉を選んで徹也さんを傷つけてしまうようなことは言わなかった。
 私は徹也さんを困らせて、傷つけて……。迷惑ばかりかけている。

 私は徹也さんを見た。
 徹也さんは、私の視線を気付いているけれども、無視して四角い薄暗い空を見続けていた。

 怒っている。どうしよう。

 空気がぴりぴりしている。
 もう、ここにはいられない。逃げ出したい。

「私、帰ります。雨もだいぶ弱まってきたみたいだし」
「あぁ、気を付けて」

 ちらりと私を見てすぐに視線を外した。

「……さようなら」

 私は気がつくと駆け出していた。
 私は振り返らなかった。
 徹也さんは辛い表情をしていた。
 私の何気ない一言で、傷つけてしまった。

 もう、会ってくれないかも知れない。
 そんな気がした。

 雨が降っていてよかった。
 私の頬に流れるのは、涙だと誰も思わないだろう。


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