I Wanna Cry


【 27.終着 】

 場違いな所にきてしまったかも……。

 たくさんの女の子で賑わっている場所はやっぱり苦手だ。
 自分が独りぼっちだと自覚させられるから。

 二人連れの女の子の前に並んである商品を手にとって見たいのに、彼女達はその場所から動いてくれない。
 すみませんと声を出して言えばすむことなのだろうけど、眉を綺麗にカットし、黒いマスカラとアイシャドウを塗った気の強そうな女子高生には言えない。

 人と話すのは苦手。
 上手く話せなくて、場をしらけさせてしまうから。
 思ったことの半分も伝えられない。
 同性同士だと話しやすいんじゃないかって言われるけど、そんなことない。
 同じ女同士だけあって、容赦ないところがあるもの。

 明日はヴァレンタインデー。
 日本でどれくらいの女の子がこの日、恋する相手に告白するのだろう。

「あー、緊張する」

 困った表情を浮かべているが、どことなく楽しそうな表情を浮かべた女の子が、手作り用のチョコレートを手に持ってレジに向かった。
 私は、ようやく空いた場所に立ち、気になっていたクマ型のチョコレートを手に取った。
 プレゼントするのなら、自分が気に入った物がいいと言われるから、大好きなクマのチョコレートを選んだ。
 けど……。
 徹也さんは喜んではくれないだろう。
 こんな子どもっぽいのは大人の徹也さんには恥ずかしいだろうし、徹也さんは甘い物は苦手なのだ。
 苦手な物を知っていて渡すのは嫌がらせだよね。

 私はクマのチョコレートを元の場所に置くと、店を出た。

 この冬一番の寒さだと言うのに、街は明日の決戦を迎えた女性の熱気に包まれている。
 のぼせてしまうほどにムンムンしている。

 私は……。
 どうすればいいのだろう。
 どうしたらいいのだろう。

 本当はわかっている。どうすればいいのか。

 私は一番知りたいことを聞けずにいる。
 どうして私は怖がりで臆病で意気地なしなんだろう。
 心の中ではもう何回も言っている「好き」という簡単な言葉を声に出せずにいる。

 気がつくと私は徹也さんの家の前に立っていた。
 時計を見てみると、4時30分を過ぎたところだった。
 もう徹也さんはお店に行っているかも知れない。
 私はチャイムを鳴らす手を止めて、踵を返し、来た道を歩きなおそうとした時、徹也さんの玄関のドアが開いた。

「……由佳ちゃん?」

 驚いた声が耳に飛び込んでくる。

 久しぶりに聞いた声。
 ずっと聞きたかった声。
 すぐにでも振り返って、徹也さんを見たいのに、私の体は硬直し動けない。

「どうしたんだ?」

 ゆっくりと徹也さんが歩み寄ってくる。
 心臓の音が聞こえてしまいそう。

 どうしよう。何をどう言っていいのかわからない。

「……ちょっと近くに来てたから」

 やっとの思いで言った。
 隣りに立つ徹也さんの顔なんて見れない。
 本当は見上げて、久しぶりに生の徹也さんを見詰めたいのに。

「買物でもしてたのか?」
「……うん」

 そう。買物をしていた。
 明日のヴァレンタインの。でも……。
 何も買えなかった。
 急に涙がぽろぽろ零れ落ちた。止まらない。

「……由佳ちゃん?」
「何でもないです。ごめんなさい」

 私は涙をふき、立ち去ろうとした時、徹也さんは引き止めた。

「何でもないわけないだろう?」

 訳もなく、泣くわけ無い。

 私の涙の訳は。

 そんなに優しくしないで欲しい。
 これ以上、あなたを好きにさせないで欲しい。

「私、どうして、まだこんな子どもなんだろう。もう少し早く生まれたかった。そうしたら、私もっといろんなことできたのに。私、いつも徹也さんから貰ってばかりで、一つも返せないなんて情けない」

 泣きじゃくりながらだったけど、自分の気持ちを告げた。
 本当は好きだって伝えたいのに、まだその言葉は胸につかえたまま言えそうに無い。

「由佳ちゃんは自分でそう思っているだけさ。無力じゃない。由佳ちゃんは俺に忘れかけていた物を思い出させてくれた」
「私が?」

 私がそんなことできるはずがないのに。
 見上げると、あぁと徹也さんは頷いた。

「懐かしい自分に出会えた」

 遠い昔を思い出しながら徹也さんは言った。

 胸が締め付けられる。
 嫌な予感がする。
 私の悪い勘だけはよく当たるんだ。

 嫌だ。別れたくない。
 まだ、終わりたくない。
 もう少し、こうやって会って話せる時間が欲しい。

「……もうわかってるんだろう?」

 徹也さんは何の感情もこもっていない瞳で私を見詰めていた。
 私が何を言っても、徹也さんの瞳は色彩を失ったままなのだろう。
 私は聞き分けの無い子どものように首を横に振った。
 本当はわかっている。けど、認めたくない。
 徹也さんは困ったように笑った。

「はっきり言った方が、あきらめがつくのか?」

 私は耳を塞いだ。
 聞きたくない。その先は。
 私の願いはむなしくも崩れ去った。

「俺は好きな女がいる。幸せにはなれないとはわかっていながら、俺はそれを選んだ」

 ある程度覚悟はしていたが、予想以上の激しい痛みに襲われ気を失いそうになった。
 この先、何を糧に生きていけばいいの?
 何にも見えない。
 暗い、真っ暗な、音も無い沈黙の闇の中の世界。
 私は再びこの世界で生き続けなければいけないの?

「……幸せになりたくないの?」

 私には理解できない。
 幸せになりたいから、一人じゃ淋しいから、誰かに恋するんじゃないの?

 私の批判的な言葉に徹也さんは苦笑した。
 何にもわかっていない子どものように見詰られて、私は悲しかった。

 これが、私と徹也さんの距離なのだ。
 私たちの間には見えない大きな隔たりがある。
 私がどれだけ経験すればこの距離は狭くなるのだろうか。

「時に人は不幸の道を選ぶ」

 徹也さんは大人独特の疲れた表情で告げた。

「幸せになりたいと願うなら……手放んじゃない」

 徹也さんは自分の過ちを私に忠告した。
 お店に行かなければいけない時間になったのだろう。
 徹也さんはじゃあと一言告げて去ろうとした。

 行かないで……。

「私の幸せを望んでくれるのなら、徹也さんのこと好きでいていいですか? 私が納得するまで好きでいていいですか?」

 徹也さんは私をあきらめの悪い子だと思ったかもしれない。
 でも、簡単にあきらめられない。
 だって、初めて好きになった人なんだ。
 私に彩りを教えてくれた人なんだ。

「辛い想いをすることになるんだぞ?」

 あきれ果てたように徹也さんは告げた。

「それでもいいんです。好きでいたいんです。初めて好きになった人だから」
「……いいよ。その覚悟があるなら」

 ―― 俺は由佳ちゃんを好きにならない。

 声に出して告げなくても、わかった。
 それでもいい。
 私はまだ恋をしていたい。
 私の勝手なことだもの。
 好きになってくれるなんて期待なんてしない。

 だから……。

 もう少し、側にいさせて。

 白い雪が降り始めたこの日、私の初めての恋は終わりに向かっていた。


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