I Wanna Cry


【 12.痛み 】

 街の中を歩きながら、行きたいところがある? と聞かれて、私は動物園とこたえた。

「どーぶつえんね……」

 徹也さんは棒読みで呟いた。私には余り行きたくなさそうに感じた。やっぱり水族館っていった方がよかったかもしれないと後悔した。
 やたらと足の長いカニやウニが苦手で見たくなかったんだけど、動物園にも爬虫類いるだろうから、どっちにしても、苦手な動物はいる。
 大人の人なら、動物園より水族館の方が行きやすいかもしれない。
 動物園って、ファミリー向けか低学年の子ども向けっぽかったかもしれない。
 やっぱり、私ってどこか鈍くさい……。

「……いつ行ったんだろう?」

 思い出そうとしている横顔をじっと見詰めていた。
 こんな顔だったっけ?
 私の中ではもう少しクールなイメージだったんだけど。
 爽やかなライトブルーのTシャツを着ているから、ポップな感じがする。

「遠足以来?」

 長く考え込んでいるので、私から聞いてみると、「あ、そうだ。きっと」と思い出し、満足気に笑った。

「由佳ちゃんは何観たいの?」
「コアラ」

 私がこたえると意外そうな反応をした。

「そうか。てっきり、クマかと思った」
「クマのぬいぐるみは好きだけど、本物は好きじゃないもん」

 ぬいぐるみと本物は全然違うのに! 私はブスリとむくれた。

「ごめん。クマなら全て好きかと思っていた」
「本物は大きくて怖いじゃない」
「まぁ、そうだけど」

 徹也さんはハハハと空に浮いてしまいそうな軽い笑い声を上げた。

 動物園へ行く人はほとんど子連れのお母さんだった。乳母車を押しながら、ちょろちょろと走る小さな子に走っちゃダメとか止まりなさいとかいっていた。
 小さい子のいる家庭と接したことがないのでわからなかったけど、小さい子どもがいるって大変なんだなぁって思った。
 私もいつか、子どもを産んで、あのお母さんみたいに、駆け出していく子どもにいったりするんだろうか。
 そんなこと、まだ遠い未来なので、ピンとこなかった。

 はしゃぎすぎた女の子が徹也さんの右足にぶつかってきた。勢いよくぶつかってきた女の子ははじき返され、どてんと道路に転んだ。
 泣き出しそうになる女の子に、徹也さんはしゃがみこみ、大丈夫と優しい声で話しかけた。
 女の子はうんと頷くと、乳母車を押していた母親が「すみません」と丁寧に謝罪すると、女の子の手をとり、ダメでしょうと怒っていた。

 子どもと会話するイメージがなかったので、意外そうに見詰めていると、徹也さんははにかんだ。

「姉貴や友達に子どもいるから、多少は慣れてんの」
「そうなんだ」

 そりゃ、そうよね。
 私より12歳年上の彼のお姉さんや友達に、小さい子どもがいてもおかしくないもの。

「たまになら、いいよな。子どもって」
 
 それって、子どもが苦手っていうこと?
 それとも、まだ家庭を持つ気持ちになれないってこと?

 徹也さんが結婚を決意する女の人ってどんな人なの?

 なんとなくだけど、私じゃない気がした。
 晴れ渡った青い空を見詰める彼が、手が届かない遠くにいる人のように感じた。

 胸が痛い。

 だって、まだ私は16歳なんだもの。
 何にも知らない子どもなんだもの。

 この胸の痛みはずっと続くのだろうか。
 彼と一緒にいるのに、不安になるのは何故?

 わからないことばかりが多すぎる。

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