I Wanna Cry
【 16.スキとキス 】
今日もらった合鍵を会心の作品「クマのぬいぐるみストラップ」に通した。 デコレーションをどこにつけるかでかわいらしさがかわるので、慎重に選びながら、ほんのりピンク色のクマに一番似合う場所につけた。 悩んだあげく、無難に手と足につけたけど。 日曜日の午後9時はお母さんと一緒にリビングでテレビを観ている。けれど、今日は一人、部屋にこもって一日を振り返った。思い出すと自然に顔が緩んでくる。 午後2時に駅前で待ち合わせて、特に目的もなく街の中を歩いていると、なぁと徹也さんが話しかけてきた。 「晩飯、俺んちで食わない?」 「何か作ってくれるの?」 「大層なことはできないけど……」 私が逆に聞いてきたことにひっかかった徹也さんは「お前、手伝う気なし?」と尋ねてきた。 「うん」 力いっぱいこたえると、小さなため息をついた。どうやら少しは手伝ってもらいたかったのかもしれない。私はあわてて付け足した。 「人の台所は使いにくいし」 自分の家の台所も滅多に使わない。お料理をしない女の子とは思われたくなくて、お母さんがおばさんの家へ遊びに行ったとき言ったセリフを思い出して使ってみた。 「まぁな」 徹也さんは同感だと頷いた。人の家の台所を使ったことがあったみたいだったので、私はショックを受けた。 誰の家? 女の人の家? すぐにそんなことを考えてしまう自分が嫌だ。また、嫉妬深い女の子になっている。自分に自信がないから、こんなことを考えるのだろう。 もし、私が容姿に自信があったら。人をひきつける魅力を持っていたらいいのに。 私が胸を張って言えるのは、クマのぬいぐるみをうまく作れることと徹也さんのことが好きなこと。 たったそれだけ。 「スーパー寄るか」 ズボンから携帯電話を取り出し時間を確かめた。いつの間にか夕食の準備をはじめなければいけない時間になっていた。 一人でいる時はなかなか時間が経たないのに、徹也さんといるとあっという間に時が流れていく。 「何、食べたい?」 「冷やし中華」 「そんだけ?」 目を大きく見開き驚いて聞いてきた。うんと頷くと、女の子って食べないんだなぁとつぶやいた。 わかってないなぁ。 たくさん食べるなんて言えるはずないじゃない。 徹也さん家の近くのスーパーで食材を選んだ。一人暮らし世帯が多いせいか小さめのスーパーだった。 大人の人が多く利用しているのだろう。好きなお菓子はほとんど置かれていない。 チョコレートやビスケット、オレンジジュースを次々とかごの中に入れると、「少しは晩飯のこと考えろよ」と幼い子どもに注意しているみたいに言われて、むっときた。 かごの中から自分がいれたものを取り出すと、 「戻せって言ってないだろ?」 またもや子ども扱いされて、私はいたく傷ついた。 「そんな物ばっかり食ってると太るぞ」 「まだそんなに太ってないもん」 口をとんがらせて抗議すると、「充分スレンダーだ。どこもかも」と面白そうに笑いながら言った。 どうせ、出るところも、引っ込むところも、全くない丸太体系ですよ! 私は本気で怒っているのに、徹也さんは楽しそうに笑っている。 楽しんでいる彼を見ていると、怒っているのがバカらしくなってきた。 こうして、笑っていてくれたらいいか。なんて、思い始めた。 惚れた弱みだよね。これって。 閉め切った徹也さんの部屋はむっとした空気で充満していた。 急いでクーラーの電源を入れる。 徹也さんは買ってきた食材を冷蔵庫の中へと入れる。特にすることがない私はテレビの前へ行き、テーブルの上においてあるリモコンにとった。 その時、テーブルの中央にあった鍵に目がいった。何だか意図的に置かれているような気がする。 徹也さんは冷えた缶ビールを取り出し、空けると一口飲んだ。私が鍵をじっと見詰めているのに気づいている感じだった。 「もって帰る?」 さらりと言われた。 どう見ても、家の鍵なんだけど……。そんなに簡単にもって帰れるようなものじゃないと思うのだけど。 もしかして、家の鍵に似た何かなのだろうか? 考えすぎてわからなくなってきたので、尋ねてみた。 「家の鍵だよね?」 「あぁ、俺ん家の」 俺ん家の鍵を渡された意味を考えると、顔から何かが噴出しそうなくらい熱くなってきた。 火山が噴火するみたいに、莫大なエネルギーが顔面に集まっている。 ちょっと意地悪して言っているんだよね? 私がドキマギするのを楽しんでいるんだよね? 「夏休み中、ずっときちゃうよ」 私は本気なのか確かめる。ちょっと困るとか言って茶化して欲しい。そうしたら、笑ったりすねてみたりできるから。 「いいよ」 予想を反して、肯定されると、全身が煮えたぎってきた。 本気なの?! ちょっと、待って! 私は冷静になって考えようと思うけれども、心臓の鼓動がうるさすぎてそれどころではなかった。 「ほ、本当に、本当にきちゃうよ」 「だから、いいって」 「あきれちゃうほど、来るよ」 念を押して聞きすぎたみたい。徹也さんはうんざりしはじめた。 彼の機嫌が変わるだけで、私は動揺する。熱した体が一気に冷たくなる。 怒った? 嫌いになった? きっと私は今にでも泣き出しそうな顔をしていたに違いない。 ふいに抱きしめられて、私はどうしていいのかわからない。 「一回しか言わないから、よく聞いておけ」 耳元で確かに好きだと言った。ずっと聞きたかった言葉に私の胸は震える。 「ずっと言って」 「無理」 私の願いを即座に切り捨て、彼は大きく首を一回横に振る。 たった二文字なんだよ? 簡単な言葉だけど、大切な言葉だから言って欲しいのに。 「けち」 ぶすりとむくれた。 「毎日言われてたら、事務的っぽく聞こえないか?」 「聞こえないよ。好きだって思われているの確認できて、嬉しいもん」 事務的の意味がよくわからなかったけど、たぶん、いちいち言うのが面倒くさいとかそう言ったことを含んでいるに違いない。 「ふーん……」 興味なさそうだった。 言葉にする大切さを力説しようとした瞬間、軽く唇を重ねてきた。 突然のことに呆然としていると、意地悪げな目をして尋ねてきた。 「どっちがいい?」 どっちがいいなんて。どちらか選ぶなんてことできない。 「どっちも」 「どっちも、なんて、欲張りだな」 今度は長めのキス。 欲張りなのっていけない? 自分に自信がない子は、確かなものがないとすぐに駄目になってしまうの。 |