I Wanna Cry


【 17.訪問者 】

 
 ベランダで干していた洗濯物を取り込んでいると、玄関のチャイムが鳴った。
 荷物か?
 訪れる人がほとんどいないとまずそのように考える。
 印鑑は下駄箱の上に置いてあるのを確認してから、ドアを開けると、制服姿のままの由佳がいた。

 白い半袖のブラウスの上に生成りのニットを着、ブラックウォッチの短いスカートに白のハイソックスをはいていた。

 外は暑いのだろう。額にほんのり汗が浮かんでいる。由佳は少し恥ずかしそうに俯いていた。

「鍵持っているなら、開けたらいいじゃないか」
「いるんだったら、必要ないでしょう」

 遠慮がちに家に上がる。くるりと振り返り、じっと俺を見詰め、尋ねた。

「もう、出かけるの」

 俺の格好を見てそう思ったらしい。実際しばらくして出て行く予定だったので、あぁと応えると、淋しげな目の色に変わった。そんな目をされると後ろ髪引かれるじゃないか。

「帰ってくるの、何時くらいになるの?」
「……2時」

 そう応えて、嫌な予感がした。

「まさか、2時までいないよな?」

 由佳は頷かない。本気で待つつもりなのか? だんだん頭が痛くなってきた。
 きちんと話さなきゃわからないのだろうか。年頃の女の子は時々非常識なことを平気でやるから。

「俺は夜遅くまでここにいて欲しくて渡したんじゃない」

 由佳はツンとそっぽむく。普段なら聞き分けのいい、遠慮しがちな女の子なのに、どうしてこういう時だけ聞き分けの悪い子になるのだろう。

「口うるさいお母さんみたい」

 ……お父さんならともかく、お母さんってどういうことなんだよ?

「うるさくねーよ。当然のことだろう?」
「そっくりだもん。お母さんそっくり」

 母親にそっくりって。俺は母親くさいことを言っているのか?
 ふと、実家にいる母が思い浮かんだ。
 小太りな体系に、何だかよくわからないパーマをかけた母。
 いや、俺はあんなかーちゃんにはなっていない。

 っていうか、玄関先で何言い合っているんだ。

 リビングへと連れて行こうとした時、ちらりと玄関に置いてある時計を見ると、もう出かける時間になっていた。
 洗濯物もたためていないのに。

 俺はキーケースを手に取り、空いた手でこっちへ来るようにと手招きした。
 由佳は何か期待しているような表情を浮かべ、素直にやってきた。

「暗くなる前に帰れよ」

 頭をなでてやった。
 誰がおでこにキスなどしてやるか。

 俺はドアを閉め、鍵をかけた。ドアの向こう側で由佳が何か言いたそうな顔をしている気がした。


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